よろしい。まず君から引き給え。

久々にボードゲーム会に参加。

遊んだのは「ガイスター」、「ギンコポリス」、「ゼロ」の三種類。

「ギンコポリス」と「ゼロ」は初プレイ。

 

「ガイスター」は相手に二択を迫るもののスルーされて負けたり、初歩的なルールの勘違いでゴールされたりと、今日は腑抜けた結果だった。

 

「ギンコポリス」は、日本語でいうと「銀杏都市」となる。が、勝利点トークンがイチョウの葉である他はあまり関係がない。多分作者が好きなのだろう。

自分が建物を建てると、その下の建造物の効果を手に入れられるという一風変わったシステムや、勝利点獲得方法や資源獲得方法が複数あり、また手札自体はドラフト制と、毎回勝つための道筋が変わることが想像出来る面白いゲームだった。是非とも遠くないうちに二回目を遊びたいものだ。

 

最後は「ゼロ」。デザイナーがライナー・クニツィアという時点でもうどんなゲームか、感覚で察して頂けるかも知れない。手札をできるだけ同じ色に、そしてできるだけ同じ数字に整えていくゲーム。

「各カードには一から八の数字があり、ゲーム終了時手札にある数字分減点される」

「同色五枚以上、同数五枚以上を持っている場合、そのグループによる減点は無し」

「同じ数字のカードは一回分しか減点しない」

以上の非常にシンプルなルールに従いながら各人九枚の手札と場の五枚のカードを交換しながら手札を整える。全体で二度パスされるか、誰かが手札の減点をゼロ点にして「ZERO」と宣言すれば一ラウンドが終了する。人数分ラウンドを行って最も減点の少ない者の勝利。

同じ色を集めるべきか、同じ数を集めるべきかという他人や場とのカードとの兼ね合いが非常に悩ましい。

「ZERO」の宣言による終了は他のプレイヤーからは予想が立てられないので、どの程度「ZERO」を目指すか、どの程度で妥協して失点を減らすかという、自分の中での妥協点の模索が苦しく楽しいゲーム。

 

新しく遊んだ二つのゲームはどちらも二度目、三度目のプレイが楽しみなゲームで、とても良かった。とりあえずジャイプルを注文したので、次のボードゲーム会にはこれを持っていこう。

ウナ・セラ・ディ東京

東京へ行ってきた。

芝居を見るためである。

演劇倶楽部『座』による、「やぶにらみ龍之介ばなし」

芥川龍之介の「白」「蜘蛛の糸」「杜子春」の三編を、壤晴彦が自身の解釈を交えてオムニバス形式の劇として上演。

内容の流れは、「白」が「黒」を見捨てた後、「蜘蛛の糸」の夢を見、命を賭して人を救い、打ち殺されても良いからせめて主人の顔を一目見んと決意を固めて戻ってきた夜に「杜子春」の夢を見る、というもの。

基本的に劇は「詠み芝居」として進行する。「白」「蜘蛛の糸」「杜子春」それぞれに詠み手が一人ずつと、役者が全部で十人ほど。

また、詠み手と共に登場する琵琶奏者が一人。

 

 

以下感想。

まず琵琶に触れておこう。とても良かった。なかなか琵琶の生演奏など聞く機会もない昨今、贅沢に2時間も舞台のBGMとして聞く事が出来たのは得難い経験だった。また、芥川の持つ良い意味での古臭さを一層引き立てていた。

次に役者。これも良かった。特にカンダダ役を演じた大谷美智浩。蜘蛛を見逃すときの酔っぱらったような呂律、蜘蛛の糸を上りはじめた時の高揚、そして糸に群がる他の罪人達への身勝手な叱責。どれもが目を見張るもので、舌を巻いた。また彼は「杜子春」の詠み手も務めており、地の文の柔らかさ、鉄冠子の荒々しさの演じ分けも見事だった。

演出も、時に人形を用い、また所々にコミカルなセリフ回しを挿し込み、笑いを誘うかと思えば、黒犬となった白の勇ましさを伝える新聞記事を矢継ぎ早に読みあげる記者達のシーンには目頭が熱くなった。

 

のだが。

全体としての評価は、あまり高くない。

上に書いたように、部分部分は素晴らしいものが光る。演出も役者も、実に良い。

だがやはり、全体として、この芝居を考えた時、あまり良い評価をつける事は出来ない。

 

 

その理由を考えてみた。

この芝居のチラシには「珍解釈・新解釈・真解釈?」という煽り文が踊っている。

だが、シンなりチンなりの解釈を示せていたのは「杜子春」だけ。

「蜘蛛の糸」は釈迦が「考えなしにあのような事をするのではなかった。私の馬鹿!」と自省するシーンや、再び地獄で拷問されるカンダダの描写が挿入されていたものの、シン解釈と言うにはあまりに拙い。僕には「蜘蛛の糸」を読んで釈迦の身勝手さが鼻につかないものなど、とうてい居るとは思えない。

「白」は「蜘蛛の糸」と「杜子春」の夢を見る以外なにも原作と変わらない。

 

あれならば、三つの短編をそれぞれ頭から終わりまで順番にやった方が良かったのではないだろうか。

僕にはそう思えてならない。

何事も、最初の一歩はある。

ブログというものと僕はあまり相性が良くない。

何度か試み、その度に投げ出してきた。

だが、その失敗の数々も僕の糧であるし、それ以外にも時の流れと共にいくつかの糧を手に入れたように思う。

だから、もう一度始めてみよう。

言いたい事や思っている事が、僕にだって無いわけじゃないのだから。