THE HATEFUL EIGHT

「メアリー・トッドが呼んでいる。 床につく時間だ」

 

タランティーノ監督の「ヘイトフル・エイト」を見てきた。凄惨にして酸鼻。しかし悪趣味に振れ過ぎずどこか爽やかに纏め上げている、見事な映画だった。登場人物はどれも味のある魅力溢れるキャラクターなのだが、その中でもサミュエル・L・ジャクソン扮するウォーレン少佐がもうとにかくカッコよくてカッコよくて。

チケットを購入するときに初めてこの映画がR18と知り、かなりビクビクしながら映画に臨んだ。グロテスクの領域には入らないものの、やはり007やポアロのような「バーン!」という銃声と共に銃口が光って誰かがうめきながら倒れる、という演出とは違うレベルのダメージ表現で溢れているので、ゴアが苦手だという人は気をつけて見ると良い。僕は後半何度か手で目を半分覆いながら見ていた。

開幕からの数分間がとにかく素晴らしい。西部劇風のタイトルコールで始まり、出演陣の名前を表示する間、十字架の向こう、雪山を遠くからずんずんずんずん馬車が近づいてくる近づいてくる近づいてくる。その焦らせ方一つを見ても、いっそ新鮮にすら感じてしまう。開幕から焦らされる映画といえば僕の中では「案山子男」なのだが、まああれとは比べるのも馬鹿馬鹿しいからやめておこう。見ていた感覚としては「2001年」が近いかもしれない。じっくりとした時間の使い方。展開が多くどうしても矢継ぎ早に事を起こさざるを得ない最近の映画との違いは、何と言っても上映時間3時間に現れているだろう。しかも、ただの3時間映画ではない。同じように3時間を使った映画としては「ウルフオブウォールストリート」や「インターステラー」がパッと出てくるが、このどちらもがその3時間に目一杯にコンテンツを詰め込んでいるのに対し、こちらは2時間では詰め込みすぎになる内容を、「では枠の方を広げましょう」といった具合で作っているように感じられた。きっちりと物が収められているが、随所に心地よくなるような余裕があるのだ。一部の隙もなく収納されたパンパンの鞄と、整頓されコトコトと小気味良く音を立てる鞄。このどちらに軍配を上げるかは個々人の好みに依るだろうが(ちなみに僕はどの作品も大好きだ)、とにかくこの映画は贅沢に、じっくりと、まさにシチューのように拵えられた作品だった。

 

ただ、一つだけ言わせてほしい。誰が言い出したのか知らないが、この作品を「密室殺人ミステリー」なんて銘打って売るのは、いくらなんでも違うんじゃないか?

スペース

一度打ち込んだ文字を、バックスペースキーでなかったことにしたっていいじゃないか?

少しぐらい、後戻りしたっていい。やり直したっていい。まったく別な、新たな文字を打ち込むことだってできる。

そう思っていた方が、人生どんなにかラクだろう。

 

 

加納朋子の「駒子シリーズ」、その第三作目「スペース」を読んだ。このシリーズは手紙が謎を運び、その手紙を読んで探偵役が謎を紐解くという、いわゆる「安楽椅子探偵」ものである。と言って、嘘はないはずだ。一作目「ななつのこ」二作目「魔法飛行」を読んでからおよそ10年の時を経て、ようやく三作目を読むことが出来た。

そして、僕は心から思った。「十年あけて、良かった」と。実際のところは全くもってそうではない。「スペース」の存在を知ってから数日間もやもやとし、本屋でそれとなく探してみたりするも一向に見つからず。業を煮やしてAmazonで注文する際、三冊ともまとめて購入し、一作目の頭から読み返したからだ。

それでも、やはり、昔読んでからずっと記憶のどこかにこべりつき、僕の人格にも影響を与えておきながら、一切確固たる像として、作品として、浮かび上がってこなかったこの駒子シリーズが、この12月の始めに、曲がり角から飛び出した自転車もかくやという唐突さで、僕の頭からポコンと飛び出したこの作品が、新鮮だ、などとは言えないのだ。懐かしさと、ありし日には意識しなかった、あるいは意識しても忘れてしまった様々な驚き。ある意味ではこれも、10年近い時を経たが故の感情であろう。だからやっぱり、僕は「魔法飛行」を読んでから10年後に、「スペース」を読んだのだ。(もうひとつ思い出してみると、確か僕が一番最初に読んだのは「魔法飛行」だった覚えすらある。「魔法飛行」を読み進め、読み終わるか終わらないかぐらいのところで二作目だと気付き、慌てて「ななつのこ」を読んだ。そのはずだ)

さて、そんな「スペース」だが、はっきり言って最初の100Pは割と退屈だ。無論、気を惹く部分は何箇所かあるが、僕は何度もページを閉じて別のことをした。この100Pを読むために二日ほどかけたのではないだろうか。なにせ、92年に出た一作目、93年に出た二作目から10年以上あけて、04年にようやく出た作品である。なにより読み直してみて改めて前作前前作が面白すぎたせいもあり、色々と――それはもう色々と――思うところはあったわけだ。

だが、その100Pを越えた先に僕を待ち受けていたのは、先ほど書いたように、「十年あけて、良かった」というものだった。この冗長さ、退屈ささえも、そしてもしかしたら僕が読んでいる間に考えた色々さえも、作者の狙いだったのだ。そして結末にはシリーズ共通の、伏線まるごと回収。素晴らしい。こんなもの、脱帽するしかない。

作品に漂う空気は全然違うが、BBC制作、ベネディクト・カンバーバッチとマーティン・フリーマンの「シャーロック・ホームズ」シリーズが好きな人なんかは、実はかなり親和しうるのではないかと思う作品である。

 

読んだことがない人には若干の妬ましさを覚えなくも無いが、常に新刊で追いかけた人と同じだけの時間をあけて読めたというのはかなり良い付き合い方を出来たとも思う。何せ今この作品を知って楽しんでしまったなら、三作目を10年寝かせるなんて出来るわけもないのだから。

片目の商人(One-Eyed Merchant) English Manual

This is a translation page of here.

My English text is not so good. Please point out the part that is wrong in the comments. I will fix.

Please enjoy this game.

Once upon a time, there was a genious merchant called “one-eyed merchant” in this country.He devised the auction of cross-selling method to show only one of the two sets of products, has become a millionaire.

(Copy by BGG start)

In One-Eyed Merchant, each player bids on “cross-sold” commodities at the market, trying to gain the most money and become something of a “one-eyed merchant” themself.

(Copy by BGG end)

 

 

:Content

13 Commodity Cards
60 Coins(30×1, 20×5, 10×10)
26 Commodity Chips(7Chocolate, 7Gold, 7Silk, 5Junk)
4 Simplified Chart
1 Manual

【Commodity Card】

13 cards have been drawn a icon in each of both sides. There are three types of chocolate/gold/silk (called “Goods Icon”). Other, there is a basically no value icon (called “Junk Icon”).

 

 

:SET-UP
1. All players get 30coins at first.

2. Shuffle Commodity Cards. *Attention* Commodity Cards don’t have distinction about two side. Please shuffle while turned over how many pieces occasionally.

3. One Commodity Card, you shade aside being careful not see the back.This is the “Pricing Card”

【Pricing Card】

Pricing card will determine the value of the commodity. Commodities displayed in the Pricing Card is a small number on the market, it is trading at the high price.Each Goods Icon is trading at 2coins per icon, but the Goods Icon displayed on the surface of the Pricing Card value will be +2coins.Goods Icon displayed on the back of the Pricing Card value will be +1coins. The back side will published at the end of the round. Don’t look at the back of Pricing Card until it. This price increase is overlap. However, if the Junk Icon has been drawn to Pricing Card, corresponding prices does not occur.

ex)

Pricing Card
front Chocolate
back Silk

Chocolate 4coins
Gold 2coins
Silk 3coins

 

 

Pricing Card
front Chocolate
back Chocolate

Chocolate 5coins
Gold 2coins
Silk 2coins

 

 

Pricing Card
front Junk
back Silk

Chocolate 2coins
Gold 2coins
Silk 3coins

 

 

Pricing Card
front Gold
back Junk

Chocolate 2coins
Gold 4coins
Silk 2coins

 

 

4. Place the remaining Commodity Cards deck in the middle of the table.

5. The combined deck and all chips is called “Market”.

:Progression
1. Most recently the shopping players will be the first player. We call this player “Parent”. When the parent is determined, round begins.

2. The top card of the deck with care so that the back is not visible and place it next to the deck. This we called the place of the card.

3. Parent declares how many coins to buy the place of card. Do not declare a number that exceeds the coin you have.

4. In order from the left next to a parent , you can either put a higher value than the previous declaration, declare whether or not to buy. When the parent of the right of the players finished the declaration, it gave the most high player won the place of card, you pay a chip to Market.

5. If anyone not put a value on the place card, the place card will be discard.This card not be used until the next round.

6. You can free to check the back side of your acquired Commodity Card (you should not to see your commodity card to other players).

7. The player who won the Commodity Card becomes the next Parent, and repeat the same.

8. When the place card and deck are eliminated, or someone player’s coin is gone, round is end.

9. Do the Results(for details see below).

10. Results is complete, each Commodity chips is returned to the Market, and shuffle all Commodity Cards.And do same thing of :Progression2.

11. The player who won the last Commodity Card in the previous round becomes the Parent,it will start the next round.

12. When the three rounds over,win the player that has the most coins.

:Results
1.Check the back of the Pricing Card (worth of Goods Icons in the current round is confirmed here).

2.Recieve the same amount of Commodity Chips and drawn number on your Commodity Cards from the Market.

3.Check your Commodity Chips.This game has some bonuses.
ones :You recieve 5coins each time when you collect any one kind of Goods Icons of three.
two :You recieve 5coins each time to collect kind of all Goods Icons one set.
three :You recieve 15coins when you collect Junk Icons of four.(Junk bonuses are not overlap)
four :You recieve 25coins when you collect Junk Icons of five.(Junk bonuses are not overlap)

ex)

Pricing Card
front Chocolate
back Silk

Chocolate 4coins
Gold 2coins
Silk 3coins

Player A take 4 Commodity Cards = 8 Commodity Icons
breakdown 3 Chocolate / 2 Gold / 2 Silk / 1 Junk

bonus one : 3Chocolate = 5coins
bonus two : 2 set of all Goods Icons = 10coins

basic coin income 4×3 + 2×2 + 3×2 + 1×0 = 22
bonuses coin income 5 + 10 = 15

So player A recieve 37coins in total from the Market.

Player B take 4 Commodity Cards = 8 Commodity Icons
breakdown 1 Chocolate / 1 Gold / 1 Silk / 4 Junk

bonus two : 1 set of all Goods Icons = 5coins
bonus three : 4 Junk = 15coins

basic coin income 4×1 + 2×1 + 3×1 + 4×0 = 9
bonuses coin income 5 + 15 = 20

So player B recieve 29coins in total from the Market.

片目の商人 ルール公開

BGBでゲームを作りました。2015年11月22日(日)、東京ビッグサイトにて開催される「ゲームマーケット2015秋」で売ります。

 

試遊ページ

*2015年11月23日追記:複数の要望があったので試遊ページにカードの内訳を記載しました。*

*2016年5月23日追記:委託販売を開始しました。通販ページはこちらです。*

説明書.txt

 

:ゲームの目的

かつて、この国には「片目の商人」と呼ばれる天才的な商人がいました。彼は商品を二つあわせ、片方だけを公開して競りあう”クロスセル”という方法で巨万の富を築いたといわれています。各プレイヤーは市場に並ぶ商品を”クロスセル”で競りながら、最終的に最も多くのお金を手に入れ、偉大なる「片目の商人」になる事を目指します。

:用具

・商品カード13枚 ・金チップ60枚 ・アイコンチップ26枚 ・決算速見表4枚 ・説明書1枚

【商品カード】
13枚のカードは両面それぞれにアイコンが描かれています。商品にはチョコレート/ゴールド/シルクの3種類があります(これらを商品アイコンと呼びます)。他に、基本的に何の価値も無いアイコンが1種類あります(これをガラクタアイコンと呼びます)。
アイコンの内訳 チョコレート/ゴールド/シルク 各7アイコン

ガラクタ 5アイコン

【金チップ】
1/5/10金のチップがそれぞれ30/20/10枚入っています。

【アイコンチップ】
商品アイコンとガラクタアイコンが合わせて26枚入っています。後述する決算に使います。

【決算速見表】
手に入れた商品をどのような値で決算するのかが書かれています。

【説明書】
本書です。

:準備

・各プレイヤーに初期の所持金として30金を渡します(所持金は公開情報です)。残りのチップは一山にしておきます。

・13枚の商品カードをよく混ぜます。

*注意*
商品カードには表と裏の区別がありません。時おり何枚かをひっくり返すように混ぜてください。

・商品カードを一枚、裏面が見えないように注意して脇によけます。これが「価格決定カード」になります。

【価格決定カード】
価格決定カードが商品の価値を決定します。価格決定カードに表示された商品は、市場に出回っている数が少ない商品であり、その分高値で取引されます。各商品アイコンは1アイコンにつき2金で取引されますが、価格決定カードの表面に描かれている商品アイコンはその価値が+2金されます。裏面に描かれている商品はその価値が+1金されます。この裏面が公開されるのは、ラウンドが終了してからです。それまでは誰も、価格決定カードの裏面を見てはいけません。この効果は重複します。ただし、価格決定カードにガラクタアイコンが描かれていたなら、その分の追加価値はどのアイコンも得られません。ガラクタが少々市場から消えても、気に留められる事は少ないでしょう。


価格決定カードの表にチョコレートが、裏にシルクが描かれていたなら、チョコレートは1アイコンにつき4金の価値、シルクは1アイコンにつき3金の価値、ゴールドには1アイコンにつき2金の価値があるとします。

価格決定カードの表にも裏にもチョコレートが描かれていたなら、チョコレートは1アイコンにつき5金の価値、その他の商品アイコンには1アイコンにつき2金の価値があるとします。

価格決定カードの表にガラクタアイコンが、裏にシルクが描かれていたなら、シルクは1アイコンにつき3金の価値、その他の商品アイコンには1アイコンにつき2金の価値があるとします。

・残りの12枚の商品カードをテーブルの中央に置きます。これが山札となります。

・山札とチップの山をあわせて市場と呼びます。

:進行

・最も最近買い物をしたプレイヤーが最初のプレイヤーとなります。このプレイヤーを親と呼びます。親が決まったら、ラウンドが始まります。

・山札の一番上のカードを裏が見えないように注意して山札の横に置きます。これを場のカードと呼びます。

・親は場のカードをいくらで買うか、宣言します。所持金を超える金額を宣言してはいけません。

・親の左隣から順番に、ひとつ前の宣言より高い値を付けるか、それとも買わないかを宣言します。親の右隣のプレイヤーが宣言を終えたら、最も高値を付けたプレイヤーが場のカードを獲得し、チップを市場に支払います。

・もし誰もカードに値をつけなければ、そのカードは捨て札となります。次のラウンドまで使用されません。

・獲得したカードは、自由に裏面を確認することができます(他プレイヤーには見せないようにしましょう)。

・カードを獲得したプレイヤーが次の親となり、同様に繰り返します。

・市場と場からカードがなくなるか、だれか一人のプレイヤーの所持金が無くなった時点で1ラウンドが終了です。

・決算を行います(詳しくは後述)。

・決算が終わったら、各アイコンチップを市場に戻し、カードを一つにまとめてよく混ぜます。そして一枚を誰にも裏面が見えないように抜き、次の価格決定カードとします。

・最後にカードを競り落としたプレイヤーが親になり、次のラウンドを開始します。

・合計3ラウンドを行い、その後最も所持金の多いプレイヤーの勝利です。

:決算

・価格決定カードの裏面を確認します。ここで、そのラウンドにおける商品アイコンの値段が確定します。

・カードに描かれた分と同じだけの商品アイコンチップ、ガラクタアイコンチップを市場から受け取ります。

・ボーナスとして、一種類の商品アイコンを3つ集めるごとに5金(これを個数ボーナスと呼びます)、三種類の商品アイコンを各1つ集めるごとに5金(これをセットボーナスと呼びます)、市場から受け取ります。品揃えが良く、たくさんのものを扱う商人は、そうでない商人より成功するのです。

・この二種類のボーナスはそれぞれ独立して計算します。


価格決定カードの表がチョコレート、裏がシルクという状況で
プレイヤーがカード4枚を獲得し、チョコレート/ゴールド/シルクアイコンが3/2/2 ガラクタアイコンが1 描かれていた場合
チョコレートアイコンがひとつ4金、ゴールドアイコンがひとつ2金、シルクアイコンがひとつ3金となるので

チョコレートアイコン 3×4 ゴールドアイコン 2×2 シルクアイコン 2×3 =12+4+6 = 22

これにボーナスが加算され

個数ボーナス 5×1 セットボーナス 5×2 =5+10 = 15

計 37

となり、合計37金を市場から受け取ります。

・ガラクタアイコンは基本的になんの価値もありません。しかし、商人は金にならないものなど、本当はないことを知っています。ガラクタでも数が集まればそこには価値が生まれるのです。ガラクタアイコンを4つ集めると15金、5つ集めると25金、ボーナスとして市場から受け取ります(これをガラクタボーナスと呼びます)。

・ガラクタボーナスは重複しません。


価格決定カードの表がチョコレート、裏がシルクという状況で
プレイヤーがカード4枚を獲得し、チョコレート/ゴールド/シルクアイコンが1/1/1 ガラクタアイコンが5 描かれていた場合
チョコレートアイコンがひとつ4金、ゴールドアイコンがひとつ2金、シルクアイコンがひとつ3金となるので

チョコレートアイコン 1×4 ゴールドアイコン 2×1 シルクアイコン 1×3 =4+2+3 = 9

これにボーナスが加算され

個数ボーナス 5×1 ガラクタボーナス5 25×1 =5+25 = 30

計 39

となり、合計39金を市場から受け取ります。

ゲームデザイン:[二人組を作る]
イラストデザイン:しものはし
制作:BGB

火星の人

「太陽電池アレイは砂をかぶって、使いものにならなくなっていた(ヒント:太陽電池は電気を作るのに太陽の光を必要とする)。」

 

アンディ・ウィアー著、第46回星雲賞(海外長編部門)受賞「火星の人」を読んだ。不慮の事故でただ一人火星に取り残されてしまった男が、なんとか地球とのコンタクトを復旧し、救助を待つ。

僕がこの本の存在を知ったのは、「映画化される」という情報からだった。主演マット・デイモン。監督リドリー・スコット。SF。なんともそそられるラインナップだ。とこのニュースを聞いた時点で、僕はamazonにこの本を注文しようと見に行った。そして、価格1200円(税別)表記に怯えて逃げ出した。映画を見てからで良いじゃないかと自分を誤魔化しながら。

そこから一ヶ月ほど経っただろうか。Redditでこの本のレビューを見かけた。詳しくは思い出せないが、「面白いよ」と書かれていたのは確かだったように思う。そしてつい先日。僕はでっかい本屋にいた。うろうろとほしい本はないかとうろついていると、SFを集めた棚で一段と目立つ本があった。「火星の人」だ。そのまま僕は引き寄せられるように買った。値段は変わらず僕を怯えさせたが、それでも買ってよかった。

この小説は主人公の体験する火星での出来事が一人称で、その他主人公の関与しない、主に地球の人間たちの様子が三人称で、それぞれ書かれている。この一人称部分が本当に楽しい。ユーモアに溢れる人物が、絶望的としか言いようのない状況をあくまでも重くなりすぎないように、そして「いつかだれかが見つけてくれる」だろうという予測の元、日誌という形でその「だれか」に語りかけるように書く。数ページに一度ほどのペースで笑いをぶっこんでくるし、基本的に楽天家な性格なので、本当に楽しく読める。コメディ作品にある「気の毒なんだけども笑ってしまう」という感覚を見事に生み出している。それでいて、笑えるだけの小説ではない。マーク・ワトニーが現状を笑いに変えれば変えるほど、逆にその深刻さが引き立つのだ。この笑いが、地球側で行われるNASAの職員たちの必死の頑張りに、強烈な説得力を持たせる。大いに笑わせられ、それでいて心揺さぶられる。おかげで、600Pにせまろうかという分量を瞬く間に読んでしまった。

この小説は確かに、映画に向いていると言えるだろう。だが、この小説の面白さ、特に一人称部分の楽しさを映画で出すのは困難だ。独白では時間がかかりすぎるし、シーンを削ればそれだけ積み上げが失われる。小説の再現にこだわるより、映画ならではの面白さを描いたほうが良いかもしれない。勿論、失敗すれば目も当てられなくなるが、どのみち原作に忠実に作ったってこの空気を再現できなければきっと見れたものではなくなるのだ。その点は同条件である。というわけで僕は映画がこの小説をどう翻訳するのかに期待しながら、日本では来年になるであろう公開を楽しみにする。

 

最後に、「火星の人」をこれから読む人へ。この小説、特に一人称部分は一気に読んだほうがいいぞ。その方がきっと作品に浸れる。